
本間 真理 Mari Honma
May 25, 1953 – February 28, 2025
享年71歳
Ms. Mari Honma has been active as a long-time JALTA executive. Sadly, she passed away on 28th of February. At the JALTA 50th anniversary ceremony last April, she was the second longest-serving teacher in Japanese language education among the executives, and received her 48-year long-service award with a bright smile. She served as Secretary for two years from 1995, and for 20 years until 2018, she supported the financial side of JALTA, a non-profit organization as a Treasurer. The Ohanashi Happyokai speech presentation, which can be said to be the highlight of JALTA’s activities, would not have been possible without the detailed preparations made behind the scenes by Ms. Honma. She has served as vice president since 2018, and I think that the participants were able to relax and fully demonstrate their abilities with Ms. Honma’s opening words and warm smile during the event. Although none of the board members were able to express their feelings at her sudden passing, we believe it is our mission to carry on the will of Ms. Mari Honma, who always devoted herself to Japanese language education in the Greater Vancouver area, and we intend to continue to work hard to promote Japanese language education in the future. We would like to express our heartfelt condolences to Ms. Mari Honma.
永年JALTAの役員としてご活躍下さった本間真理先生ですが、残念ながら2025年2月28日に永眠されました。昨年4月のJALTA50周年記念式典では役員の中で2番目に長く日本語教育に携わる教師として48年の永年勤続表彰を晴れ晴れしい笑顔で受け取られました。1995年から2年間書記を務められ、2018年までの20年間という長きに渡り会計として非営利団体であるJALTAの台所をしっかりと支えてきて下さいました。JALTAの活動のハイライトと言えるお話発表会では本間先生の目に見えないところでの細かい準備なしにはスムーズな会の進行は不可能でした。2018年からは副会長を務められ、本間先生のお話発表会の温かい笑顔での開会の言葉で出場者も緊張が解け存分に実力が発揮ができたと思います。突然のご逝去に際し、役員一同言葉もありませんでしたが、グレーターバンクバー地区の日本語教育に常に心血を注いでいらした本間先生のご意志を継ぐことが我々の使命と考え、今後の日本語教の振興にさらに邁進していく所存です。本間真理先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
バンクーバー日本語学校並びに日系人会館 (VJLS-JH)
バンクーバー日本語学校並びに日系人会館(VJLS-JH)にとって大切な存在であり、敬愛される校長であった本間真理先生が2025年2月28日金曜日、ご家族に囲まれて安らかなに永眠されました。
本間先生は1953年5月25日に広島で生まれ、1977年にカナダに移り、その後バンクーバー日本語学校で教職を始められました。以降は長年に渡り教育者であり、そして、校長職を2度勤め、「こどものくに」の立ち上げにも大いに貢献されました。その間、2人のお子さんも高等科3年生を卒業し、今年からお孫さんがこどものくにに通い始めました。
コロナ禍で希薄になりつつあったVJLS-JHが大切に守り続けてきた伝統の再構築を心から願い、本間先生の3回目の校長復帰が叶いました。
また、ボランティア活動にも積極的に取り組まれ、VJLS-JHの大切なファンドレイジングである着物撮影では着物選びから、当日の着付け、片付けなど、バザーでは入場者を笑顔で迎え、パウエル祭のインフォブースで、日本語学校、こどものくにの情報を訪問者に伝えていました。日本語学校で行われた文化紹介では、交友関係が広い本間先生からご紹介いただいた多くの方々が講師としてご参加下さいました。また、教職員、ボランティアの慰労会では本間先生が作って下さるローストビーフに皆、舌鼓を打ちました。
その温かいお人柄で、教職員や生徒から深く愛されていた本間先生は、調和を重んじ、思いやりの心で受け入れる姿勢を常に持ち、優しさを身をもって実践されていました。毎週土曜日の朝、学校入口での先生の温かい挨拶で、多くの人が感じていたことでしょう。先生の日本語教育、文化継承への思いは他に比べることができないほど、VJLS-JH以外の日系コミュニティにまでも広がっていました。
広島県人会の活動にも積極的に参加され、地域の文化や伝統を大切にされていました。また、裏千家の茶道にも親しみ、茶道を通じて礼儀や心の豊かさを教えてくださったことは、教職員、生徒にとっても貴重な経験だったと思います。更に、JALTA(Japanese Language Teachers Association)にも所属され、日本語教育の発展への活動にも力を注がれていました。
先生の思い、願いは私達の心に永遠に残り、ご功績とお人柄はVJLS-JHコミュニティの歴史に深く刻まれて行くことでしょう。これからも本間先生との思い出を胸に、豊かな日本語教育、日本文化を次の世代に引き継いでいけるよう努めていきたいと思っています。
最後に、VJLS-JHの理事会、教職員、ボランティア一同、本間先生のご家族、ご友人に心からお悔やみ申し上げます。また、先生が残された数々の功績に心より感謝申し上げます。
偲ぶ会
本間先生のご家族と相談の上、後日偲ぶ会を行いたいと考えています。本間先生の功績をお伝えする最良の方法をご家族と協力しながら、今後数ヶ月以内にお知らせできるようにしたいと思っております。
ご家族へのお悔やみのメッセージ
本間先生のご家族へのお悔やみのメッセージをお送りになりたいとお考えの方は下のリンクから受け付けております。VJLSで受けとり、ご家族へ転送いたします。
本間先生の功績を称え
VJLS-JHでは、本間先生の功績を分かち合える機会を設けたいと考えています。皆さんの中で、コミュニティと共有できる思い出や写真などございましたら、下のリンクからご提出して下さいますよう、お願いいたします。
手書きのメッセージをご希望の場合は、学校受付もしくは郵送で受け付けております。
JALTAの海老原です。以上が私の本間先生の思い出です。
私と本間先生は、Kokoレストランの初代オーナーの共通の知り合いでした。バンクーバーで唯一手頃な値段で昔ながらのお寿司が食べられるお店で、2人とも大ファンでした。ですが昨年、その店も昨年無くなってしまいました。そして本間先生もお亡くなりになって、諸行無常を実感します。
村上陽子 (グラッドストーン日本語学園)
JALTAの役員として長年にわたり会計や副会長としてご尽力くださいました本間真理先生。お話会でのご挨拶では、子ども達に向けた励ましの言葉が心に深く残りました。その挨拶の後、ご入院されたことを知り、直ぐ会長と共にお見舞いに伺いました。その際も、本間先生は、JALTA の事を気にかけて下さり、その情熱と責任感に胸を打たれました。
先生の優しさに満ちたお人柄と会の発展に寄せられたご尽力には、言葉では表せないほどの感謝の気持ちでいっぱいです。
本間先生のご逝去を心から悼み、ご冥福をお祈り申し上げます。
